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急に思いついたので提言。AVには必ずメイキング映像をつけるというのはどうだろう [ぼやき]

いや、なんか、ふと思い付いたから書くんですけどね。

AVには必ず、普通の映画DVDみたく、メイキング映像をつける。これをAVの場合は義務とする、というのはどうだろう。で、メイキング映像がないAVは全部違法。

例えば撮影の合間とかに、スタッフや男優と女優さんが談笑してるような映像があれば、最近問題になってる強制されてAVに出た、みたいな事例でないことが分かるし。

それこそ避妊とかに関しても、本編では避妊してないように見せてたけど、実はこーゆー避妊をしてました、とか。

SMとかの特殊なプレイにかんしても、この道具はこーゆー安全対策をとってるんですよ、とか。女優さんが襲われちゃう、みたいなシチュエーションのAVであっても、男優との信頼関係がないと気持ちよくないですよ、みたいなインタビューをいれるとか。

そういう性教育みたいな面でもメイキング映像って有効なんじゃなかろうか。
単純にプロの技やテクに興味がある人もいるだろうし。撮影してる側だって、プロの技を披露して、すげー、とか言われることは仕事への誇りに繋がるんじゃないかな?

昔のビデオだと映像が入る時間が限られてたから難しかったかも知れないけど、DVDとかBlu-rayなら30分くらいメイキング映像入れるのなんか余裕でしょ。

モザイクのサイズがどうとか、女優として強制的に出演させないようルールを作るとか、そんなことよりメイキング映像をつける方がよっぽど抑止力になるし、社会貢献になるんじゃないか。メイキング映像がつけられない、小さくてルールを守らない悪徳業者とかは淘汰されていくだろうし。

かえってメイキング映像の方が興奮する、なんてヤツも出てきたりして(笑)メイキング映像のあるなしなら、違法かどうかの判断もつきやすいだろうし。こんな映像をつけること!っつー基準は必要でしょうけどね。

なんてなことを思い付いたので書いてみました。とゆーか単純に俺が興味ある(笑)

はーぁ、寝よ。

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こーゆー奴に限って、風俗はイヤだとか言い出すんだよな!
俺は一体どの立場から発言してるんだろう!?

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多分ハゲたら、アデランスをかぶるよりはスキンヘッドにする可能性の方が高い [ニュース読んでみて]

10月18日のITmedia ビジネスオンライン、「日本のおじさんたちが『アデランス』をかぶらなくなったワケ」という記事です。

記事を無理にまとめると、こんな感じ。

・アデランスが近く、上場廃止になる
・自分の頭にぴったりのかつらをフルオーダーすると、4~50万円位する。しかもその後も、手入れをしたり、維持管理費がかかる
・低価格のかつら販売業者が出てきたり、ハゲでも堂々とした人、カミングアウトする人も増えてきた
・「多少金がかかってもハゲを隠したい」という人が減っている中で、アデランスが同逆襲するのか


ふはははは。


記事の最後の方にありましたが、「かつら」は美容ビジネスではなく、「心」のビジネスだ、という言葉が出ていますが、最近ではこれが違ってきているんじゃないかと思っていて。つまり、心のビジネスだったのが、美容ビジネスになってきていて、その波にアデランスが乗り切れていないのじゃないかと。

ハゲの人の心の弱みにつけ込んで、ハゲの解消を心のビジネスに持って行ったのがアデランスのうまくいったビジネスモデルなんでしょうけど、最近では美容というか、ファッションみたいな方にシフトしているから、うまくいかないんじゃないでしょうかね。

記事の中で出てきたのは、竹中直人さん、西村雅彦さん、孫正義さんあたりですか、堂々とした潔いハゲ、キャラクターの一つとしてハゲを使っている人が出てきてますが、それが認められるようになったということは、それってつまりハゲもファッションの一つとして認められてきたってことで。坊主とか、スキンヘッドにしてる日本人もだんだん増えてきましたが、それってつまりおしゃれの一つとして、ハゲが選択肢に入ってきつつある、ってことですよね。似合う似合わないはあるにしても。そう考えると、かつらを被るってこともファッションの選択肢のひとつに過ぎなくなってるんじゃないかと思うんです。

心の問題、心の不安を解消するためであれば、たっかいお金払ってかつらを買い、維持管理するという選択もありうるのかもしれないけど、ファッションアイテムとして考えれば、そんな高い金出さないよね、今時。本当のファッションだって、ユニクロだのしまむらだのが売れてるわけですから。

特にその、記事に出てきた、小倉智昭さん、やくみつるさん、綾小路きみまろさん、松木安太郎さんあたりの、カミングアウトしている人たちは、言ってしまえばファッション感覚でしょ。悩んでないってことはないでしょうけど、ハゲてない、とは言ってないわけですから。例えば肌のくすみが気になるからメイクするとか、体型が気になるから体のラインが出にくい服を着るとかいうこととそんなに変わらないと思う。

もちろん本当に悩んでいる人もいるでしょうし、ハゲてるのは辛すぎるから高いかつらを買って維持管理しようという人もいるんでしょうけど、そうでない人が増えている、ということでしょう。

顔に対してハゲが似合わない顔な場合とか、ハゲ方にしたって記事に出てくる人たちってなんというか、「ちゃんとハゲてる人」ですから。あくまでもファッションハゲであり、バラバラバラバラハゲているような場合は病的に見えちゃう場合もありますからね。そんな場合はかつらを着けるのもアリなんじゃないかと。ファッションかつらとしてね。


で。


この記事を見てもう一個思ったのが、日本人の男も弱さを出せるようになったのかな、ってことで。まぁ、ハゲが弱さか、というとなんかいろいろ言われそうですけどね。衰え、といったほうがいいかも。

例えばその、女性が化粧をするとかっていうのはある種当然のこととしてあったわけじゃないですか。
それが、女性が男の願望に付き合わされて、虐げられていた、って言い方もできると思うんですけど。ただ、逆に言うと、女性が年相応に肌のハリがなくなったり、衰えていくのは当然のこととしてあり、それを隠すのもまた当然と思われていた、とも言えると思うんですね。

かたや、男の方は、化粧をするとかっていう文化はなくて。男で化粧なんかしてるのはむしろ女々しいと言われちゃう位の話で。
それは、男はそんなもん気にするな、デーンと構えていればよろしいという考え方だ、という言い方もできますが。逆に言えば当然のようにやってくる衰えに関しては、無いものにしなきゃいけない、もしくは気にしちゃいけない、という言い方も出来ると思うんです。
まぁ、男の場合シワが増えてきたとか、太ってきたというのは女性ほどには問題にならないわけですが、男の衰え、弱さとして非常に目立ち、かつ嫌われる要素になりうるのが、ハゲだったんじゃないか、と。

つまり、男というのは弱くてはいけない、弱くなっても弱さを見せちゃいけない、弱さが見えても気にしてはいけない、という中で、ハゲというのは弱さ、衰えとして非常に目立つし、男には馬鹿にされるし、女には嫌われるものとして昔からあったんだと思うんです。

だから、弱さを見せてはいけない男としては、ハゲを「無いもの」にするしかなかった。それで高性能なかつらが必要だったし、そこにつけ込んだのがアデランス、だったんでしょう。

その価値観が今変わってきてるんだと思うんですよね。

男性用化粧品とかも出てきてますけど、男だって衰えるし、それを隠したいとか、気にするのは当然のこと。衰えたとしても、それなりの見せ方とか、ファッションとして活かせば、別に隠す必要がない。男の弱さ、衰えも当然のこと、あってもいいものとして、日本社会が受け入れ始めている、ということなんじゃないかと。

そう考えたら、かつらもファッションの一部であり、高級路線が廃れていくのも道理だと思うんだよな~。
逆に言えば、男は強くなきゃいけない、弱さや衰えを見せてはいけない、という歪んだ価値観の日本社会に支えられていたのがアデランスであり、今、じゃぁ、経営も傾くわな、と思ったりして(笑)


高級かつらが廃れていくのは、かつらが心のビジネスから美容のビジネスに移ったということであり、
美容のビジネスに移ったということは男の弱さや衰えも日本社会に受け入れ始められたということで、
ハゲをファッションとして捉えたり、隠すにしてもかつらをファッションとして捉える傾向にあるのではないか。
ハゲを「無いもの」とするのが目的の、維持費に何十万もかかるような高級かつらなんぞ、そりゃぁ廃れるわなぁ。

と、思った、という話です。

はーぁ。寝よ。

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生え際も、女性も後退する。久しぶりに登場です、ドーティ(笑)

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ノーベル賞とるような人って、パートナーの支えがいるんじゃないかと思うわけです、男女関係なくね [ニュース読んでみて]

2016年10月9日の毎日新聞、「<ノーベル賞>日本人の女性研究者が出ない理由」という記事です。

記事を無理にまとめると、こんなかんじ。

・ノーベル賞受賞者は、必ずと言っていいほど「妻の献身に感謝している」と語る
・ノーベル賞受賞者の日本人は、なぜ全員男性なのか?大きい理由は理系学生に占める女性の割合が低いこと(日本では15%程度)
・加えて、妻が家事・育児で夫を支えることを美談とするメディアにも一因があるのではないか
・妻の支えを得て長時間労働をすることを美談とするのではなく、新しい働き方の提案が必要ではないか


ふーん。


えーと、俺的には前回書いた記事「日本人女性がモテるってのは、尽くすようなタイプのその考え方や生き方に需要があるってことではないの?」と、リンクするところがあると思っていて。
いや、参考にした記事自体には全然関連はないんですけど(笑)

要するにですね、例えばノーベル賞のような、偉大な業績を残すためには、一人じゃ無理なんじゃないかってこと。記事の中には、家事・育児援助サービスを使えばいいなんて書いてありましたが、多分そういうことじゃぁないんじゃないかな~、と思うんですよね。前回の記事でも書きましたが、自分の事を理解してくれて、かつ自分を支えてくれるパートナー、が、必要なんじゃないかな、と。

それは別に夫を妻が支える、という話に限らないと思っていて。今後女性のノーベル賞受賞者が出てきたら、その女性を支えた、夫なり、家族が出てくるんじゃねーかと思うんですよ。
もちろん、今の日本の社会だと、そういう女性が出てきにくい、というのは問題なのかなとは思いますけど。

結局その、人間の能力には限りがあるわけですから、ノーベル賞とるような能力を持っている教授はやっぱり偏ってると思うんですよね。家庭を顧みない、とかさぁ。それはいい悪いでなく、そーゆーもんだと思うんです。昔から優れた科学者とか芸術家は奇行が目立つ、みたいな話はあったわけで。

それを支えるパートナーがいる、というのはある意味必然だと思うし、美談ってことでいいと思うんですよ。大隈教授の奥さんの万里子さんがどうなのかは知らないけど、誰かを支えることに喜びを感じる、という人もいるだろうし。問題は、ノーベル賞を取る女性研究者がいない(女性が研究等に打ち込む環境が作りにくい社会?)ということであって、ノーベル賞受賞者と、それを支えるパートナーという構図は受賞者が女性であっても変わらないような気がするんです。そもそも、家事や育児の支援サービスをうまく使いこなせるようなバランスの取れた人は、ノーベル賞なんて取れないと思う(笑)


で。


ま、ノーベル賞受賞者と、それを献身的に支えるパートナー。これはまぁ、美談ですよ。じゃ、例えば俺が、いいなぁ、美談だなぁ、あんなパートナーが欲しいなぁ、と思い、将来結婚したとして。

お前は家庭に入れ、家事、育児は全てお前がやれ、俺を献身的に支えろ、と。奥さんに言えるかと言えば。

そんなこと言えるわけないじゃないですか。

だって俺、ノーベル賞取れないもん。もしくは、ノーベル賞に匹敵するような仕事ができるのかと言えば、できないもん。俺を献身的に支える見返りなんか、期待されても困るもん。

これがね、俺がうまく行けばノーベル賞級の研究をしてるとか、会社を経営してて年収何億だ、とかって話なら、奥さんが望む望まないは別として、家庭に入れという資格はあると思うんです。家庭に入った奥さんを養うだけの力がある、もしくは支えたことによる見返りがある、可能性があるわけだから。

でもさー、無理だよ~、俺(笑)奥さんを家庭に縛り付ける、理由も、力もないもの~(笑)

と、俺は思ってるんですけどね。多分、女は結婚したら家庭に入るべし、と闇雲に思ってるか、思ってはいないまでも家事とかをやらねーもんだから結果的に女性を家庭に縛り付ける男が多い、んでしょう。

そう考えると、やっぱり男側の意識改革なんだろーけど。ただ、ノーベル賞受賞者がパートナーに支えられている、ことと結びつけてもしょうがないと思うんですけどね。それはあくまでも特殊な例だし、ノーベル賞とかの偉大な業績を残すには、支えてくれるパートナーの存在は不可欠だと思うし、それは別に、美談でいいんじゃない?と思います。

や、だから、現代では、

女に一生尽くして欲しければ、
ノーベル賞の一つもとってみろ!

と、いう話なんですよ、多分(笑)


ノーベル賞受賞とかの、偉大な業績を作るには、パートナーの支えは不可欠であり、
ノーベル賞受賞する夫婦なんてのはあくまでも特殊な例なんだから、
別に美談ってことでいいと思う。
問題はノーベル賞も取ってないのに、
ノーベル賞受賞者と同じように尽くして欲しいと考えている普通の男で、
そこの意識改革は必要だろうけど、
記事に出てくるような新しい働き方を研究者がやったら、
日本人のノーベル賞受賞者なんか出てこなくなっちゃうんじゃないか?

と、思った、という話です。

はーぁ、寝よ。

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昔ならいざしらず、ネット時代はこれくらいのことありえますからね~。男、がんばれ!

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日本人女性がモテるってのは、尽くすようなタイプのその考え方や生き方に需要があるってことではないの? [ニュース読んでみて]

2016年10月1日のForbes Japan、「外国人男性にモテる日本人女性の『残念なこと』」という記事です。

記事を無理にまとめると、こんなかんじ。

・アメリカ人男性の成功イメージの中に、おしとやかで尽くす日本人女性を妻として持つ、というものがある
・香港人女性は気が強く、アジア人の見分けがつかず、アジア人なので尽くしてくれると思っている欧米人男性と結婚すると離婚するケースが多い
・香港人やインドネシア人の男性も、日本人女性が大好き
・そんな日本人女性の残念なところは、社会での活躍ができていないところ


ふはははは。


俺が思ったのは、結局さ、そーゆーことなんじゃん、てことで。
つまり、万国共通で、いわゆる昔の日本人女性的な、「都合のいい女」がモテるんじゃん、ってこと。

これだけだと完全に女性差別的ですが、結局その、ビジネスとかで毎日バリバリ仕事してる人っていうのは、最終的には自分のやってることに対して一歩引いて理解を示し、自分を献身的に支えてくれるパートナーを求めるんじゃないかなぁ、と、思うんですね。

なんか別の記事で見たんですけど、女性で、バリバリ仕事してる人が、ヒモみたいな男と付き合ってて、でも家事もしてくれるから楽、みたいな話があったんですよ。それ読んで、なんだ、女でもそうなんじゃん、と思ったんですよ、俺。つまり、バリバリ仕事してる人は、男女関係なく「都合のいいパートナー」を求める、ということ、なんじゃないかな、と。

まぁ、都合のいいとか言うと誤解を招きそうですが(笑)とはいえ、多分家政婦さんじゃダメなんだろうと思うんですね。都合がいい、ではなく、自分の事を理解してくれて、かつ自分を支えてくれるパートナー、が、必要なんじゃないかな、と、思うんですよね~。お、きれいにまとまったっぽい(笑)

ハッキリ言っちゃいますと、全員が全員自立して、自力でお金を稼げるようになり、皆が皆豊かな社会、なんつーのは不可能だと思います。

タイプ的に、自力で稼ぐより誰かを支える方が向いている、って人もいるでしょう。自力で稼げて豊かな人の中にも、パートナーにも自力で稼げていてほしい、対等な話ができる人がいい、って人もいれば、一歩下がって支えてくれるパートナーがいい、って人もいるんじゃないですかね。つか、日本人女性がモテる、っつーのは、後者の方が圧倒的に多いってことなんじゃない?

支えるタイプの人は社会進出しろ!自力で稼げ!と言われてもしんどいだろうし、支えてくれるパートナーが欲しい人は、支えがないまま仕事してるのは辛いんじゃないかと思うんです。
それなのに、女性の社会進出!イコール全ての人が社会進出して、総活躍できる社会!みたいなことを言い出すから、なんか今いろいろ無理が生じてるんじゃないかと。人それぞれ、向き不向きってもんがあるんだからさ。


で。


そんなに世界で日本人女性がモテるんなら、これはもう輸出産業になるのではないかと思ってみたりするわけですよ。
つまり、かつての日本人女性的な考え方であったり、炊事洗濯なんかを学ぶ、昔の花嫁学校的なものを世界の各地に作って、支えるタイプ、尽くすタイプの人を集めてワンランク上のパートナーと結婚するための学校、っていう笑

別にそこで学ぶのは女性に限らないですからね。主夫になりたい男が、ワンランク上の仕事のできる嫁と結婚するために通ったっていいと思うんです。

まぁ、家庭の奴隷みたいな人をたくさん作っちゃいけないですから、なんかしらカリキュラムに工夫は必要でしょうけど。なんか、結構需要はありそうな気がするんですけど笑

もちろん社会進出してガンガンバリバリ仕事したい、って人はそうすればいいじゃないですか、男女問わずね。そんな学校あったって絶対行かない!って人は、それはそれでいいと思います。MBAとか行けばいいじゃない。


全員が全員、社会進出なんて無理だと思うし、
日本人女性がモテるのは、進出してる方も、支えてくれるようなパートナーを欲してるってことでしょ。
で、あれば、かつての日本人女性的な考え方が見直されてもいいと思うし、
なんならいっそ本格的に教えて輸出産業にしちゃえば?

と、思った、という話です。
あ、もし、こんな学校作った人がいたら、アイディア料は儲けの2割で良いですよ笑

はーぁ、寝よ。

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童貞漫画家としては、割とオーソドックスな4コマですね。
・・・だれが童貞漫画家だ!!

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テレビの閉塞感て、こーゆーところからも来てるんじゃない?という一考察。 [ニュース読んでみて]

2016年10月3日の日刊スポーツ、「石橋貴明のお笑い番組論、閉塞感がつまんなくしてる」という記事です。

無理に内容まとめるとこんなかんじ。

・とんねるず石橋貴明さんがTBS系「オール芸人お笑い謝肉祭’16」に出演
・昔はよく、このような番組があった
・「こうやったらまずいな」という閉塞感がテレビをつまんなくしている
・昔現場にいたスタッフが、えらくなってこのような番組をしようと言ってくれるのは嬉しい


ふーん。


まぁ、俺も最近テレビ見ないんでアレなんですが、この記事の中で俺がなるほどと思ったのが、

「僕らの子ども時代は、例えばドリフターズさんがいて、食べ物を粗末にしてるんだけど、それで『子供に見せたくない番組ワーストワン』とかになるんだけど、そんなことはみんながちゃんと(いけないことだって)分かってやっていたし。」

と、いうところなんですよ。



ちょっとその考え方は面白いな、と思って。



つまり、昔のテレビは・・・まぁ、当時から子供がマネしたらどうする、といった批判はあったにしても・・・視聴者の方に良識、常識があることを前提に作られていたんじゃないのかな、と。

食べ物を粗末にするギャグがあったとして、もちろんそのギャグ自体が好きだとか嫌いだとかの話はあるとしても、食べ物を粗末にするのはやっちゃいけないことだとみんなが分かっていて、それでも粗末にするからドリフターズが馬鹿で、面白い、という構造ですよね。

食べ物を粗末にするとか、特定の人をいじめるとか、馬鹿にするとか、それでもある一定以上はやってはいけない、という線引きはあるでしょうけど、みんながやっちゃいけないことだと分かっているという前提があるからそーゆー番組が作れるし、笑える。その構造が今、ないのかな、と。

その、例えば食べ物を粗末にする番組なんて、今作れませんよね、多分。もちろんその番組の質が高いとか低いとかは別問題としてあると思いますけど、批判されたり、炎上したりして、すぐ中止に追い込まれるでしょ、今なら。そう考えるとね、今の番組って視聴者の方に良識とか、常識が無いことを前提に作られてる、と言えると思うんですよ。

食べ物を粗末にする番組を作れば、マネするヤツは無制限に食べ物を粗末にするし、誰かをいじめて笑いを取るような番組を作れば、マネするヤツはどんどんいじめがエスカレートして自殺にまで追い込んじゃう、だから最初からそーゆー番組作りをするな、みたいなね。

そりゃぁテレビもつまんなくなるわな(笑)良識や常識のない人が見るのを前提として作らなきゃいけないんだとしたら、それはもう子供向けというか、2歳児とか3歳児とか向けの番組しか作れない、ということになりますよね、極論を言えば。そりゃー、窮屈だろうな~、と。

ある番組とかCMが炎上する場合、炎上させる人とそれを見ている人がいるわけですが。その差は、炎上させている人は人間に良識や常識がない、と考えている人で、見ている人は良識や常識の存在を信じている人、というのがひとつあるんじゃないかな、なんて。


今時良識だの常識だのという考え方は古くさい、という考え方はあると思います。人それぞれ考え方はちがうんだからさ、と、いう方が今主流でしょ。例えば若い頃に結婚するのが常識だったけど、今はそうじゃない人が増えている、とか。
ただ、もし、昔のテレビの、特にお笑いの悪ふざけ、みたいなものが、皆の良識、常識に頼って成立していたものだとすれば、今の時代成立しないかもね、とは思うなぁ。良識、常識、無い人はホントに無いもんね。しょーもないことを炎上させてよろこんでるヤツらとか(笑)


もちろんテレビ番組自体のレベル低下ということもあるでしょうし、
規制規制で息苦しい、みたいなこともあるでしょうけど、
それに加えて、良識、常識というような考え方が無くなり、
良識、常識が無い人に向けた番組を作らなきゃいけなくなってるのも、
テレビがつまんなくなってる原因なんじゃないかなぁ。

と、思った、という話です。

はーぁ、寝よ。
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母親から息子への近親相姦はムスコンで、父親から娘への近親相姦はド変態のロリコン野郎、っていう扱いの差はなんなんだろう [ニュース読んでみて]

2016年9月24日のダイヤモンドオンライン「『息子の初体験は私が!』暴走する”ムスコン”母はなぜ生まれる」という記事です。

内容をまとめるとこんなかんじ。

・最近、ムスコン(息子コンプレックス)の母親が増えている
・息子が自分にとっての全てで、とても手のかかる年下の異性、という感覚
・カウンセラーの中では目新しい話ではない
・最近このような母親が目立つようになってきたのは、父親不在の家庭が増えていることも一因

ふーん。





あの、俺が思ったのは、こーゆー時に男女差別をしちゃいかんよな、ということで。



つまり、このムスコン母を、父に変えた場合どうなるか。娘を性的対象として見て、独占したいと思い、この子の処女は俺のもんだと思い、我慢しきれずに娘(3歳)の性器にキスをする・・・と、いう父親がいたら、多分こんな記事になってないと思うよ、と。



これが父親だったらムスコン的な生易しい造語は作られないでしょ。ロリコンの、歪んだ性癖を娘に向ける、最低のクソ野郎で、そんな父親と奥さんが離婚を決意したら、娘のためによく決断した!と、賞賛される、くらいの話だと思うんです。



で、どっちがリアクションとして正しいかというと、父親に対するリアクションだと思うんです、俺は。自分の子供に性的な目を向け、性器にキスするような奴は、男だろうと女だろうとアカンと思うわけです。てか、虐待でしょ?これ。程度によるとは思うものの、性的虐待になりかねないというか、性的虐待じゃないの?子供に対する性的虐待の基準が正確にはわからないけど。

父親→娘への虐待はすぐに騒ぐのに、
母親→息子への虐待はムスコン母
ってなんなの?バカなの?と、思うわけです。

念のため言っときますが、女から男へのロリコンを認めるなら、男から女へのロリコンも認めろ!なんて言いたい訳じゃないですよ(笑)女から息子への虐待もキチンと取り締まれ、という話です。

日本だと例えば、痴漢冤罪とか、夫婦が離婚して子どもをどっちが引き取るか、みたいな話になった時にやたらと女性が有利だったりとか、なんか裁判とかでも妙に女性が有利な場面がある、らしいですね。法律の世界で女性が有利って、それは明確な男女差別だろうと思うんですけど。このムスコン云々というのも、そんなかんじの男女差別の一つではないかなぁと思うんですね。

前の記事で書いたのは、男性差別だ男性差別だと騒ぐというのは、男が弱くなったんだな~なんて書きましたが、この場合の男女差別・・・つまり、父親→娘だったら大騒ぎするだろうに、母親→息子だとムスコンとか生易しいことを言い出すこと・・・に、関してはそんなのんきな話ではない。

要するに、被害者が子供ですからね。男が娘にやったらロリコンの犯罪者なのに、女が息子にやったらムスコン母、みたいなくだらねー言葉遊びを大人がやってる間に、被害にあってるのは子供なわけですよ。それは、どう考えたって取り締まるのが先でしょ。ムスコンだかなんだか知らないけど、息子に性的虐待をするようなヤツは、さぁ。

ロリコンだの、ムスコンだの、
男尊女卑だの、女尊男卑だの、
どこぞの店の対応がどうだのこうだの、
そーゆー言葉遊びはヒマな人がやってりゃいいですよ、
まず考えるべきは被害者=子どものことだろ!?
と、思った、という話です。

はーぁ、寝よ。

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ちいと下僕の間には、性的な関係はございません、念のため。

もしこのブログ、ってか4コマに興味持ってもらえたら、ぜひ4コマのキャラのプロフィール見てみてください!
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あの、彼らを好きになってもらえるととてもうれしいです。

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