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4コマまとめてみました:その9 [4コマまとめ]

もともと描いた4コマとかに愛着が無いタイプなんですが、
まとめるために読み返すと、ますます愛着なくなるな、恥ずかしい(笑)

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4コマまとめてみました:その8 [4コマまとめ]

久しぶりの4コマまとめ。
書き直したいものが多すぎる(笑)

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AIと人間を分けるのは、心。あと、文章を「読める」かどうか。 [ニュース読んでみて]

2016年11月14日のyahoo個人、「AI研究者が問う ロボットは文章が読めない では子どもたちは『読めて』いるのか?」という記事です。


無理に記事をまとめるとこんな感じ。


・人工知能(AI)を東大に入れようという研究チームが、子どもたちの読解力テストに着手した
・現段階のAIでは文章を理解することはほぼ不可能、センター試験の国語の偏差値は49.7(その他の教科の平均は57.1)
・しかし、文章を理解できないAIよりも点数の低い子どもは存在する。そもそもそういった子どもは文章が「読めて」いないのでは?
・文章が「読めない」と、AIに職を奪われたり、失業が長期化する危険もある。原因の究明と対策が必要だ。




いやー。




これはね、すごーく面白いと思ったな、俺。つまり、今後AIに職を奪われないためにどうするか、ということに加えて、今いろいろ世の中おかしくなってきてる原因もここら辺にあるんじゃないかと思っちゃった、なぁ。いや、素人考えですけどね。


つまり、テストの点がたくさん取れる、ということであったりとか、受験のためのテクニカルな部分を突き詰めていった勉強の仕方をして、出来上がるのはAIだった、ということでしょう。
ま、AIは言い過ぎか。とはいえ少なくとも今後、AIにとってかわられるタイプの人間、ということになるんだろうな。


元の記事の中には、AIが得意な問題、不得意な問題というのがあって、それを比べてみるととても面白いです。なるほど、こういうのが苦手なのね、と。
「読む」ということについて正確な定義というのはわかりませんけど、問題を俺みたいな素人目から見ても、論理的な説明はできないまでも違いは明らかにわかったし、なるほどな、と思う。




文章が「読める」ようになるにはどうすればいいのかさっぱりわからないなんて書いてありましたが、AIの場合は俺は知りませんけど、人間の場合は、それは明らかに「本をたくさん読む」ことでしょう。いい本をたくさんね。本でなくても映画とかテレビとかゲームとかで、たくさんのいい物語に触れるとか、そーゆーことなんだろうな。あるいはいろんな人と触れ合って、いろんな価値観に触れる、とかさ。




元記事の中に、高学歴だと文章が「読める」率は高かった、なんて書いてありましたが、高学歴だから、勉強できるから「読める」というよりは、家庭環境としてたくさん本を読んだりとか、質のいい情報にたくさん触れているかどうかじゃないかなぁ。今ってどんどん格差が広がってますから、貧困家庭とかだとスマホは与えても本は読まないから、「読めない」とか、そういうことなのでは。
逆に言うと、高学歴でも社会に出ると役に立たないとか、高学歴なのに貧困、というのはその辺に問題があるのではないでしょうか。学校の勉強がものすごくできたとしても、文章を「読めない」から、AIにしかなれないので、だから仕事がなくなったりしてるんじゃない?


インターネットがなくて、国全体が貧しい時代だったら、そういう教育でよかったんだと思うんですよ。そういう教育ってつまり、AIをたくさん生み出す教育。
工場的な生産性をどんどん上げていって、ものをたくさん作ってたくさん消費していれば、国全体の景気が良くなる。そんな時代だったら、AIの数がたくさんあれば生産性は上がったでしょうからね。だから、学校教育とかもそういう方向性になったんじゃないですか?


だから俺この記事見て思ったのは、最近って若いのより年寄りの方がおかしいって話よくあるじゃないですか。道端でやたらキレまくってるのはおっさんとか年寄りの方が多い、とか。あれってつまりさ、キレまくってるジジイとかって、昔の教育の影響で、AI程度の頭しかないんじゃない?あの人らも、「読めない」んじゃない?とか思ったり。テスト受けさせたら、AIと同じところ間違えるんじゃなかろうか(笑)


今の若者はおとなしいとか、草食系とか言われますが、今の若者の子どものころは、漫画とかアニメとかもすごく質が上がって、良質な物語に触れる機会は昔より逆にあったんじゃないかな。だからどっちかというと「読める」人は年寄りよりは若者の方に多くて。でも物語に触れない人はとことん触れない、みたいなとこもあるから、「読めない」人もそれはそれでたくさんいるけどね、なんて。


記事の最後の方に、
「国民の少なからぬ人たちが、
矛盾していたり、センセーショナルなだけで中身のない発言の意味を吟味し、
その矛盾を見抜いたり、実現可能性や妥当性を評価できる読解力を身につけていなかったら、
世の中は大変なことになってしまうのではないか、と。」
と、書いてありましたが、今現在じゃん、それ、と(笑)AIをたくさん生み出す教育をした結果、世の中大変なことになり、AIにとってかわられる人も増え、格差社会が広がっている、と。う~ん、妙な説得力がある(笑)




んで。




こっからは余談っちゃ余談ですが、俺の印象としてはAIが文章を「読める」ようになることはない、気が、します。あくまでも俺の素人考えですが。


仮にAIが文章を読めるようになったとしましょう。で、そのAIが感動的な小説を読んだとします。ただ、AIだと、その小説が感動的なものだ、ということはわかるかもしれませんけど、その小説を読んで感動する、ってことがないと思うんですよね。AIには主体がないから。


人間なら、感動的な小説を読んだら感動するだろうし、場合によっては涙を流すかもしれない。人によっては、同じ小説を読んでも感動しないどころか、つまんないと感じる人もいるかもしれません。でもそれはその人の感じ方であって、つまんないと感じたのも間違いなくその人が感じたことで。


人間がたくさん本を読んだりすれば「読める」ようになる、という俺の理論が正しいと仮定します。でも、人間よりAIの方が、記録している小説とか、映画とかの数は圧倒的に多いんだと思うんですね。であれば、AIの方が「読める」ようになってないとおかしい。それでも人間の方が「読める」ということは、違いはその、感動的な小説を読んだ時に感動したり、つまんねーと思ったりする主体があるかないか、ではないかと思うんですね。
その主体というのは、なんですかね。心、って言葉が一番ぴったりくるのかな。


俺がAIが「読める」ことはないんじゃないかというのはここで。つまりAIには心がないので、文章を読めるようにならない。ってのはどうでしょう。


逆に言えば、小説を読んだときに構成がよくできてるかとかばっかりに気を取られないで、その小説を読んで自分がどう思ったか、っていうところをしっかり感じて、心を育てておかないと、いずれAIにとってかわられてしまうんじゃないかなぁ。自分がどう感じたかではなく、構成がどうとか、この展開は〇〇に似ているとか、このシーンはナントカのパクリだ、とかを気にするのは、考えてみるとなんだかとってもAI的ですよね(笑)


例えばちょっとしたことでブチ切れて怒鳴り散らしたりする人らのことを、「心が貧しい」とか「心無い」なんて言い方をしますが、心があるかないかで人間かAIかを分けると考えると、あいつらAIだったんだ、と思いますな。日本語って味があるなぁ、すげぇ(笑)




AIはどうか知らんけど、
人間が「読める」ようになるには本をたくさん読んだりすることが必要なんじゃないか。
人間が読んでいる本の量は、
AIが記憶している本の量より少ないだろうけど、
それでも人間が「読める」のは、人間が心を持っているからではないか。
本とかをたくさん読み、心を育てておかないと、いずれAIにとってかわられる人間になってしまう気がする。
あと、「すぐキレる年寄り」とか、「矛盾していたり、センセーショナルなだけで中身のない発言の意味を吟味し、その矛盾を見抜いたり、実現可能性や妥当性を評価できる読解力を身につけていない人」は、あいつらAI程度なんじゃね?


と、思った、という話です。


はーぁ、寝よ。

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ストーカー、ダメ、絶対。

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トランプ関連の記事を見て、全方位に差別しないなんて無理、人間ってそこまで上等なもんじゃないんじゃない?と思った話 [ニュース読んでみて]

2016年11月9日のデイリー新潮、「トランプ旋風でわかった“インテリの苦悩” ハーバードの学生がトランプ支持を表明できない事情」という記事です。


無理に記事をまとめるとこんな感じ。


・「すべての人がすべての人を差別していると言った偉人がいるけど、僕も同感だ。マイノリティだってある意味でトランプを“差別”しているんだと思う」
・「一度、授業で同性婚に反対したことがある。授業が終わるとLGBT団体が僕の机まで来て、泣きながら抗議した。“あなたは私たちのことを嫌いなのね。だから、差別するのね”って。もううんざりだよ」
・「自分が矢面に立って“人種差別主義者”のレッテルを貼られたら、この国ではまともに就職できないよ」
・移民や女性への差別、格差問題に加え、インテリ層の抱える苦悩まで炙り出したトランプ旋風。果たして、アメリカが抱える闇を余すところなく暴いたのだろうか。




うーん。




この記事に限らず、例えば差別とか、LGBTについての記事であったりとか、そーだな、結婚するしないとか、不妊治療とかの記事について読んだ時に俺が考えること、なんですけどね。それが最近言葉にできそうになってきたので、ちょっと書いてみます。


何かというと、もう、やめない?ってことなんですよ。何をやめようと言ってるか、ということなんですけど、世の中にはいろんな人がいて、そーゆー人をすべて理解しようとすることを、やめない?ってことなんです。
あー、でもこの言い方だと誤解があるんだよな・・・理解しようとすることをやめようとなると、排除せよってことになりかねないからな・・・でもな・・・




なんというか、俺が言いたいのは、人間ってそんなあらゆる考え方を理解できるほど、上等なもんじゃないんじゃない?ってことなんです。




その、俺なんかはね、人種差別というものがいまいちピンとこない日本という国に生まれ、男で、女が好きという、まぁマジョリティ側であり、結婚はしていないものの、結婚はまぁ、するならした方がいいんじゃない?という、ちょっと前なら主流の考えを持っている人間です。
つまり、なんの面白みもない、普通と言えば普通すぎる考えの人間、ということです。


で、そんな俺に、例えばあんたなんかに人種差別されてる人の気持ちなんてわからない!とか、言われてしまったときに。
正直言って、それはわかりませんよ。わかろうと俺なりに努力することはできるでしょうけど、絶対にわかるなんて言えないし、本当にわかるってことはないでしょう。人種差別されてる人から見ても、俺という人間が人種差別のことを本当に理解した!と思える瞬間はあり得るのかな?


そうは思うものの、じゃぁ俺がそこで人種差別のことを本当にわかろうと努力しようと思ったときに。もしかするとわかるまでに一生を費やしても足りないんじゃないか?と思うんです。


そう考えたときにさ。


じゃ、性同一性障害のことを理解しよう、
同性愛者のことを理解しよう、
ADHDのことを理解しよう、
人種差別のことを理解しよう、
宗教の違いを理解しよう、
その他諸々、各人が大切にしていることを理解しよう、


みたいなことを、全部本当にちゃんと理解しようと思ったときに、俺は一体何回人生を繰り返せばいいわけ?と、思うんですよね~。だって俺が今書いたようなことって、各ジャンルに学者がいるようなことですよ?俺みたいな凡人が、学者並みの知識を各人が大事にしているあらゆることに持てというの?無理無理無理。てか、俺に限らず、この世にそんな知識を持ってる人なんか、いるの?




俺が前述した、人間ってそこまで上等なもんじゃないんじゃない?というのはここで。




つまり、あらゆる人が大事にしているあらゆることをちゃんと理解している人間なんて、どう考えてもあり得ないだろ、ということなんです。
アメリカの闇がどうのこうのというよりは、各個人が理解できるキャパシティがそもそもそんなに大きいもんじゃないんじゃないかなぁ、と。


重要なのは、相手の考え方を理解するというよりは・・・ま、理解できるに越したことはないんですけど・・・否定しない、ということなんじゃないかな。自分の感覚として、好き、嫌いということはあるかもしれないけど、嫌いでもそういう考えの人もいるんだな、と受け入れて、否定はしないということ。それが重要なんじゃないかと思うんです。


うーん、だからまぁ、ひとつ何か具体例を挙げるとするのなら・・・
例えば親戚のおばちゃんから、悪意なく結婚しないの?と言われて傷ついた、みたいなことで大騒ぎすんのは、馬鹿馬鹿しいからもうやめたら?ってことなんです。
もちろん結婚しないの?と言われて嫌だな、と思うのも自由。傷つくのも自由。そう言われても結婚しないのも自由。ネット上で多少愚痴ったりするのも自由ですよ。
ただ、悪意なく結婚しないの?とか言うおばちゃんに対して、結婚しないという考えを理解しろ、というのはそれは無理だろう、と思うんです。結婚しないという考え方だっていろんな考え方の人がいるわけだから、それを全部理解しようとするだけで一生が終わっちゃうよ?と、思うんですよね~。


もちろんその、差別されてる人は全て受け入れておとなしくしてろ、と言いたい訳では無いですよ。この記事に出てるトランプなんかは大統領なので、トランプが明らかに人種差別を行い、特定の人種が明らかに不当な不利益を被ったとかってことになったら、それは戦うべきだとは思います。


ただその、悪意なく言われたことで傷ついたとか、別に不利益は無いけど嫌な気分になったとか、そーゆーことでなんか大騒ぎすんのはもう、やめない?ってことなんですよ。
そもそも人間1人のキャパシティは、そんな大きいもんじゃなくて、理解できないことの方が多くて、嫌いなもの、嫌だなと思うことだっていっぱいあって、そんな人間に、ありとあらゆる人間の大切にしてることを全部理解しろ、あるいは理解できるもんだ、という前提がまずおかしい、と思う、ってことです。


まーだから、何が重要かと言うと、相手の大事にしているものをバカにしない、ってことになるのかなぁ。自分の感じ方として、嫌だな、嫌いだな、と感じることはあっても、それとバカにしないってのは矛盾しませんからね。差別されてると感じてる人も、バカにされてるんじゃなければそれで御の字、くらいに考える方が楽な気はするんだけどな。不当な不利益を被ったとかならともかく。




なんかってーとすぐ差別だとか騒ぎ出す世の中ですが、
そもそもあらゆる人の大事なものを理解できるほど人間って上等にできてない。
他人が大事にしているものを嫌だなと感じることはあっても、
他人の大事なものをバカにしない、ってことに気を付けてればそれでOK、くらいにユルく考えておかないと、
差別している(と、言われやすい)側も、差別されている(と、本人が感じやすい)側も、どっちもしんどくてしょうがないと思うんだけどな。


と、思った、という話です。


はーぁ、寝よ。

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男社会というより、個人の幸せを犠牲にした働き方は男の方がしやすい、ってことなんじゃなかろうか [ニュース読んでみて]

2016年11月9日のdot.の記事、「イクメン不倫騒動の影でマタハラ… 金子恵美議員が涙した国会議員の“男社会”〈AERA〉」という記事です。


内容を無理に要約するとこんな感じ。


・金子恵美衆院議員の体験談から男社会の実情が見えてくる。
・「もういつ休んでもらってもいい」「お前たち(夫婦の育休宣言)のせいで迷惑を被っている」「女、子供を政治の世界に持ち込むな」といった言葉をぶつけられた
・ヒラリーさんは男勝りという人もいるが、ヒラリーさんの強さは、妻であり、母であり続けたからこそ
・子育てや介護をしながら仕事を続ける女性たちの思いを受け、社会の環境を少しでも改善していくことが、私(金子議員)の責務




うーん。




えーとですね、男とか女とか関係なく、極論を言えば政治家が人並みの幸せ、みたいなことを求めてもいいのか。日本を支える、ということに人生を捧げるべきではないのか。
政治家が人生を捧げなければならない仕事と考えた場合、能力どうこうではなく、男のほうが体の機能として政治家には向いているのではないか。という考え方はどうでしょうか。


ま、政治家に限らないんですけど、例えばバブル期に仕事ばっかりして家庭をかえりみなかった男が、子どもがぐれたりとか、奥さんに熟年離婚されたりとかさ、あるっていうじゃないですか。あるいは、奥さんに病気とかで先立たれると、もう抜け殻みたいになっちゃう、とかね。


小さいながらも幸せな家庭を築き、子どもや孫に恵まれ、家族に看取られながらベッドで大往生、みたいなことが人並みの幸せだとするのならですよ。子どもがぐれたり、熟年離婚されるような男は、自分の、人並みの幸せを犠牲にしてまで仕事をし、大きいことを言えば日本の経済発展のために人生を捧げてきた、という言い方もできるんじゃないかと思うんです。


政治家に関してもそういう面はあると思うんですね。はっきりいやぁ、マタハラなんぞするような男は程度が知れてますよ。ジジイになってもそんな程度の人間にしかなれないというのは、逆に言えば自分の人間的な成長、人並みになるということを犠牲にして、政治の世界に人生を捧げてきた、という言い方もできるのではないかと思うんですね。良いように言えば。


ま、人生捧げたから立派な業績を残してるかは知りませんけど。選挙とか、議会の椅子取りゲームに人生捧げてる可能性もありますからね~。




で。




仮定として、結婚し、子どもや孫に恵まれ、最終的には家族に看取られて大往生、というのが人並みの幸せだとしましょう。まぁ、幸せの形は人それぞれだと思いますが、それは話が長くなるのでここでは棚上げしておきます。


政治家であったり、他の仕事でもいいんですが、人生を捧げなきゃいけないような仕事をしている場合、上で書いたような人並みの幸せと仕事を両立するのが、男と女ではどっちが大変か、と考えると、これは当然女だと思うわけです。
だって、妊娠・出産という大仕事がありますからね。子育ては分業できるとしても、妊娠・出産は分業できないじゃないですか。そうなると、人生捧げて仕事しなきゃいけないのに、1年とか、子どもの数によっては数年、100%の仕事ができない期間が出てくるわけです。それはやっぱり、人生捧げなきゃいけない仕事をする上では不利でしょう。絶対できないとは言いませんけどね、不利だし、大変。それは能力云々ではなく、男女の体の構造とか、機能としてね。


男はまぁ・・・妊娠・出産が無い分女よりは仕事に人生捧げやすいですよ。そう考えると、幸せな家庭を築くということが人並みの幸せだとするのなら、かつ、政治家とは自分の人並みの幸せを犠牲にし、人生を捧げてやらなければならない仕事だとするのなら、これは、政治家が男社会になるのはしょうがないとも思うんです。


たまにテレビでやる政治家のとんでもない発言とか見ればわかるじゃないですか。あぁ、この人たちは自分の人生を犠牲にしてきたんだな、だからジジイになってもこの程度の発言しかできないのだな、と(笑)


政治家という仕事に人生捧げてきた(と、少なくとも本人たちは思っている)人たちからしたら、妊娠して100%の仕事ができない議員なんてもってのほかだろうし、人生を捧げろ、人並みの幸せなんぞほしがるんじゃない、と思ってマタハラ発言をするのもそれはそうかもな、と思うわけです。妊娠している人に対して寛容になる、という自分の人生における成長を犠牲にして、政治家の仕事をしてきたわけだし。


ワーク・ライフ・バランスも重要だと思いますが、政治家という特殊な仕事でそれが成立するかはちょっと考えたほうがいいんじゃないですかね。もちろん女性の政治家を否定するつもりは一切ないですが、人並みの幸せみたいなことと政治家という特殊な仕事を両立させるのは、男よりも女のほうが圧倒的に大変だろーな、と思うわけです。自分の幸せ全部を犠牲にして、人生捧げて政治家やるっつーんならまた話は別ですけど。男社会云々というよりは、政治家という仕事の特殊性と、仕事に人生捧げることに対する難易度の男女差が出てるのではないかと。この男女差というのは、能力じゃなくてね、しつこいけど。体の構造、機能として。




んで、ね。




それとは別の話として、今の日本の社会が男社会になっているのは、政治家とかでもない普通の人が、働くということは人生を犠牲にするもんだ、という仕事観を持っていること。に、加えて、人並みの幸せも望めずに人生捧げて仕事しないと生活できないような状況がある、からじゃないかと思うんです。


そーゆー話で行くと、今の日本社会は男社会だとか、妊娠したら女性からもマタハラ受けて仕事やめることになる、ことの問題点っていうのは。


日本人の仕事観が、仕事とは人生捧げて、犠牲にしてやるもんだ、と思っていること。
今の日本社会は、人生捧げて仕事しようとする人と、仕事そこまでしなくていい、人並みの幸せを掴みたい、と思っている人が混在していること。
不景気なので、人生捧げて、人生犠牲にして仕事しないと生活できない人がたくさんいること。
人生犠牲にした働き方は、女よりも男の方がしやすいこと。


この辺りから来る問題のような気が、します。男尊女卑とか言うよりは。
だから、男の女を見下したような考え方を変えるとか変えないとかじゃなく、仕事と言えば人生を犠牲にするもんだ、という日本人の仕事観を変えるとか、ほどほどの働き方で生活できるくらい景気が良くならないと、男社会って解消されない気がするなぁ。


まぁ、この話が政治家という特殊な職業に当てはまるかは知りませんけどね。政治家としての仕事はほどほどで、家庭を大事にしたいなんつってる人に、国政を任せるか?
日本の女性政治家の少なさなんて話も出てきましたけど、女性政治家が多い国であったとしても、その中で子ども作って普通の家庭を維持できてますなんて女性政治家が果たしてどれくらいいるんだろうか。あ、普通の家庭を維持しつつ、偉大な業績を残している人、ね。ほどほどでなく。ヒラリーだってダンナに浮気されてるわけで、それはヒラリーの人間性どうこうじゃなく、政治家ってのはものすごく人生の犠牲を払う特殊な職業だからだと思うわけです。




仕事というものが、人生を捧げて、人生を犠牲にするもんだという前提に立てば、
男の方が仕事をする上では有利だと思うし、
仕事と個人の幸せを両立するのも男の方がやりやすいし、有利だろう。
仕事とは人生を犠牲にするもんだ、という前提がなくならなければ今の日本の男社会は解消されないとは思うものの、
そのことを政治家という特殊な職業にまで当てはめようとするのはちょっと違うんじゃねぇのか。
女であっても、自分の人並みの幸せみたいなことを犠牲にして、政治に人生を捧げるべきだと思うんだが。
まぁ、マタハラをしたり、訳の分かんない失言をするジジイの政治家を見たら、
この人は自分の人生を犠牲にして政治家をやってきたんだなぁ、かわいそうになぁ、
くらいに考えとけば?


と、思った、という話です。

はーぁ、寝よ。

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あんはあまり痛い子の面を出してなかったんですが、今回がっつり出してみました(笑)
まぁ、ちいの下僕になりたがってる時点で痛い子か・・・

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